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千葉地方裁判所 平成2年(ワ)1250号 判決 1992年3月23日

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二四九六万〇〇八一円及びこれに対する昭和六三年九月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  被告の本案前の答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、自動車の販売を主たる業務とする会社であり、被告は、ドイツ連邦共和国(以下「ドイツ」という。)在住の日本人である。

2  原告と被告は、昭和六二年一二月一日、被告が、原告のために、ベンツやBMW等の車両の買い付けの仲介をすることを内容とする業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結した。

3  原告は、昭和六二年一一月二六日に五〇〇〇万円、同年一二月七日に四一七四万七一三八円の合計九一七四万七一三八円を、前項の車両購入の買い付け保証金として、被告に対して送金し、これを預託した。

4  その後、前記買い付け取引について、信用状の開設が可能となり、被告に対する保証金の預託の必要がなくなったことから、原告は、昭和六三年九月五日、被告に対し、前記保証金を清算して残金を返還するように求め、この請求は遅くとも同月二九日には到達したが、被告は、保証金残金として三四万六二三五ドイツマルク(同月三〇日の為替レートで二四九六万〇〇八一円に相当)が存在することを認めながらも、その返還に応じない。

よって、原告は、被告に対し、契約上の預託金返還請求権に基づき、二四九六万〇〇八一円及びこれに対する請求の日の後である昭和六二年九月三〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  現在国際裁判管轄についての成文法は存在せず、確立した国際慣行も成立しているとはいい難い。そのような状況下で、国際裁判管轄を決定するためには、当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に基づき、条理に従って決定するほかない。

その条理を考えるにあたって、国内法であるわが国の民訴法の土地管轄の規定の仕方は一つの参考とはなるが、この規定が直接的に持ち込まれるわけではなく、これに国際的な配慮を加えた上で条理の中に取り入れることができるというのが今日の判例・学説の一般的見解である。

2  国内訴訟では、受動的な立場にある被告の防御の利益を重視するという手続的公平の観点から、被告の住所地が土地管轄の原則とされているが(民訴法一条)、場所的隔たりが大きい国際訴訟については、被告の立場を考慮する必要は一層大きく、被告の住所地を原則とする立場が貫かれるべきである。

3  民訴法五条による義務履行地の裁判管轄は、国際的取引による義務履行地のすべてについて適用されると解するべきではなく、義務履行地が契約上特約されているか、契約内容から一義的に定まるものである場合にのみ、国際裁判管轄の管轄原因になると解するべきである。

また、原告が、日本に管轄があるとする根拠としていると思われる民法四八四条による持参債務の原則は、日本法に独特なものであり、国際的には通用しない。ドイツ法では、金銭債務は取立債務が原則とされている。なお、日本法でも、預託物の返還の場所は「保管ノ場所」である(民法六六四条)。

4  本件業務委託契約締結の場所は、フランクフルトであり、契約の業務内容はドイツ及び欧州内での車両買い付け、船積み及びこれに関連する業務であり、日本国内における業務は一切ない。本件業務委託契約に関連する業者は、すべてドイツの現地業者である。原告の主張する解除の有効性判断については、被告による契約の履行の状況が最重要争点となるところ、以上に述べた事情からして、履行行為の全体がドイツ法によって律せられることが明らかである。

準拠法の適正な適用は準拠法国の裁判所によってなされるのが最もふさわしいから、本件についてはドイツに管轄があると言わなければならない。

5  本件契約は、宮原紳個人ではなく、ドイツ法人である宮原紳事務所を当事者とするものである。したがって、原告の訴えは、当事者を誤ったものとしていずれにしても棄却を免れないものである。それはさておき、外国法人である宮原紳事務所を被告とした場合には、民訴法九条の趣旨を類推して、日本における事務所や営業所の業務と関連ある訴えについてのみ日本を管轄地とするものと解すべきであるが、同条の趣旨は、被告を宮原紳個人と解した場合にも、参考になるものである。

すなわち、同条の趣旨は、適正・妥当な裁判を得るためには、当事者の訴訟活動が十分に保障され、これに基づいた裁判所の正しい事実認定が行われるよう、係争物の所在地、証拠収集の容易な地、当事者の生活ないし経済活動の拠点となっている地などにおいて裁判をするのがふさわしいというのにあるところ、本件では、4に指摘した事情からして、証拠収集はドイツにおいてなすのが容易であること、被告は二十数年間にわたってドイツで生活し、業務を行っていることからして、ドイツにおいて裁判をなすのが適正・妥当なのである。

6  被告が二十数年にわたりドイツにおいて生活し、業務を行っている本件において、両当事者の国籍が日本であることは、管轄の決定になんら影響を及ぼさないというべきである。

7  本件取引に関連して被告から原告に書類が何回か送付されたが、その用紙には、

Gerichtsstand:Frankfurt/M.

すなわち「裁判籍はフランクフルトにする」という明示の表示があり、原告はこれに異議を述べなかった。よって、原告・被告間には国際裁判管轄をドイツとする合意があると解すべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の主張

1  被告の本案前の主張1について、一般論としては異論はない。

そして、そこにいう「条理」については、判例上、「わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定、たとえば、被告の居所(民訴法二条)、法人その他の団体の事務所又は営業所(同四条)、義務履行地(同五条)、被告の財産所在地(同八条)、不法行為地(同一五条)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適う」とされているところである(最判昭和五六年一〇月一六日民集三五巻七号一二二四頁)。

本件は、預託金の返還請求事件であり、民訴法上、その義務履行地は、債権者たる原告の住所地にあるから、日本の裁判所に国際裁判管轄があることは明白である。

2  本件では、管轄権の所在すなわち準拠法の選定について、明示的な意思が存在しないケースとして、契約の内容、性質、当事者、最終履行地などもろもろの具体的事情を考慮し、当事者の意思に最もよく適合すると判断される準拠法の選定(いわゆる黙示意思による準拠法指定)が検討されるべき事案だとしても、本件業務委託契約が日本の法人(原告)と日本人個人(被告)の契約であること、契約上の紛争の発生に際しては、その解決のため、日本人である第三者(星昌宏)を予定していること、契約書が日本語で作成されていること、買い付け代金、保証金及び被告のマージンについてもすべて日本円で約定されていることを総合すれば、準拠法は日本法であることが明白である。

3  被告は、永年日本を離れドイツに居住しているとはいえ、それ以前は日本に数十年間居住して日本の会社に勤務していたものであり、わが国に裁判管轄権を認めても、言語上の不利益はない。また、被告は、日本の法令や裁判制度につき少なくとも一般的な知識を有しているものと認められる。被告は代理人を選任して、これまで本件に関して何の支障もなく訴訟にあたっており、将来も、被告の出廷以外、わが国に裁判管轄を認めることによる不都合は認められない。

一方、原告は、日本の裁判管轄権を否定されると、不慣れで経済的にも負担の多い外国での訴訟追行を強いられることになり、また、当裁判所における管轄についての判断には、外国裁判所に対しては何の拘束力もなく、移送手続の類もないので、ドイツにおいて確実に裁判を受けられることの保障があるわけでもないから、著しい不利益を被ることになる。

4  被告の本案前の主張7の管轄の合意の主張は暴論であり、否認する。

第三  証拠(省略)

理由

本件訴えは、日本に住所を有する原告が、ドイツに在住する被告に、欧州における自動車の買い付けの仲介を委託した本件業務委託契約に関連して、買い付け保証金として被告に金員を預託したとし、信用状取引が可能となったから右預託金は返還されるべきものとなったとして、その返還を求める訴訟である。

被告の住所地がドイツにあることから、本件にわが国の裁判管轄を認めることができるかどうか、問題となる。

そこで、以下被告の本案前の主張について判断する。

二 このような、外国に居住する者との間における民事紛争について、いずれの国が裁判管轄を有するかについては、この点を規定するわが国における成文法規、条約、確立した国際法上の原則のいずれも存在しないのであるから、当事者間の公平、裁判の適正・迅速な解決という理念から条理に従って決定されるべきである。

そして、わが国の民訴法の土地管轄に関する規定は、このような理念に基づいて制定されたものであるから、その規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、原則として、わが国の裁判管轄権を認めることが相当である。

本件においては、原告は、預託金返還請求権の義務履行地が、原告の住所地である日本にあるから、民訴法五条により、日本に国際裁判管轄権が認められると主張する。

しかしながら、わが国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときに原則としてわが国の裁判管轄権を認めるのが妥当だとされるのは、それが通常条理にかない、当事者においても予見可能であるからである。

これを本件についてみると、成立に争いのない甲第七号証及び弁論の全趣旨によると、本件業務委託契約はドイツにおいて締結されており、その業務内容も、欧州からの車両買い付けを中心としてほとんどドイツ国内に関するものであること、預託金返還義務の履行地を日本とする旨の明示又は黙示の合意も存在しないばかりでなく、被告が活動するドイツにおいては、右のような場合には、給付は債務者が債権関係発生の時に住所を有していた場所でしなければならない(ドイツ民法二六九条一項)から、被告において、本件業務委託契約に関して、日本に訴えを提起されることを予想するのは困難であることを認めることができる。前掲甲第七号証及び弁論の全趣旨によれば、当事者が日本人であること、契約上の紛争の仲裁人的な立場にある者として日本人が予定されていること、契約書が日本語で作成されていること、買い付け代金、保証金及び被告のマージンがすべて日本円で約定されていること等を認めることができるところ、これをもってしては、預託金返還義務の履行地あるいは国際裁判管轄を日本とする旨の黙示の合意があると認めるには十分ではない。そうすると、本件において、民訴法五条により日本に国際裁判管轄を認めることは、前記条理に反すると言わなければならない。

三 以上の次第であるから、本件訴えは訴訟要件を欠くのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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